受け渡し日に関係した言葉です。株式市場には4日目ルールがあって、株式を買った人は、その日を入れて4日目までに購入代金を支払う義務があり、反対に銘柄を売った人は4日以内に株券を渡さなくてはいけないという決まりごとです。この受け渡しが無事に行われて初めて売買成立となるのです。
もう少し、売買について話しますと、通貨のなかった頃は、モノとモノを交換する物々交換だったことは言うまでもありません。しかし、自分の欲しいモノと、相手の欲しいモノとが一致するまで、互いを探さなくてはいけません。そして、定期的にモノを交換する「市」ができると、交換相手を比較的簡単に見つけることができるようになります。
それでも、売りたい人、買いたい人が、それぞれ相手を見つけて交換しなくてはいけませんので、こうした取引は、「相対売買・相対取引」と呼ばれています。上場廃止となった西武鉄道の株式は、自分で売買の相手をみつけなくてはいけません。実際は、証券会社で扱ってくれますが、こちらの注文に応えてくれる相手が出るまで待つしかありませんので相対売買なのです。
この点、証券取引所に上場されている株式は個人、外国人、投信、企業、銀行などいろいろな人たちが、いろいろな目的で投資をするため、商いは活発で、いちいち相手を探す必要はありません。
4日目ルールのベースとなっているのは、遠隔地の人が株券を売った場合、交通手段の関係上、その株券を渡すまでに中、3日はかかってしまうためです。不公平とならないように買った人が代金を支払うのも同じ4日目ということです。現在は株券の保管振替制度、あるいは株券不発行制度によって株券の受け渡しはほとんどなくなりましたが、現金支払いは依然4日目のままです。この4日間の空間を狙って犯罪が起きます。
かつて、曙ブレーキの株式が大量の受け渡し不能となり証券会社は大変な損害を被りました。「鉄砲」という売買があって、かなり複雑ですが、簡単にいえば、証券会社の営業マンをきちっとした売買で信用させておいて、ある時、株券を大量に売り、その代金を4日目の株券と引き換えでなく先にもらってしまい、株券を渡さないでドロンするのです。
火曜日に売買した場合、週末金曜日が決済日ですが、週末を使って遠く逃げてしまうのです。このため、証券会社の間では、火曜日の大きな注文は注意が必要といわれてきました。通常の商売でも、最初は小さい取引で信用させたうえで、大きな穴をあけられてしまうという手口です。
商売の世界でも、注文の規模が大きくなってきたら手放しに喜ばないで注意が必要といえるのではないでしょうか。
2007年05月28日
相場格言−−火曜日の商いは危ない
posted by 犬丸正寛 at 16:18
| 相場格言
2007年01月05日
相場格言−−二度買うべし二度売るべし
似た格言に、『一度に買うは無分別」』があります。相場はなかなか自分の思ったとおりにはいかないものですから、売買は何回かに分けて行ないなさいと戒めています。
投資家に、そうとうの自信があったとしても、相場は常に変化して動いていますので、昨日までは強い材料であっても、今日の相場には織り込まれて、強い材料とはいえなくなっている場合が多いのです。ましてや、昔と違ってネット取引が活発な今日では数分単位で強弱感が変化しますからなおさらです。
投資家はどんなベテランであっても、売買という実際の行為に直面すると、それまでの冷静さが失われ、売買を急ぐ心理が働きます。不思議です。
その理由としては、(一)熱心な相場研究、銘柄研究によって、絶対に大丈夫と過剰な自信を持つ、(二)努力したのだから少しでも他人の先を越したい、(三)努力したのだから、早く、そして少しでも多く儲けたい、といった心理が働くためです。努力して研究し、「よし」と思ったところが危ないということです。それなら研究なんかする必要がないということにもつながりかねません。
しかし、研究は絶対に必要ですが、研究に打ち込んでいる間にも相場環境は変化しているので、数回、最低でも2回に分けて売買しなさいと教えているのです。昔の戦争映画などを観ていますと、数人の斥候を出して敵の様子をうかがいます。斥候が帰って来なければ敵がいるのです。一度に多くの兵を出すと全滅の恐れがあります。株式売買も戦いですから、一度に大量の注文を出すのでなく、斥候を出すように少なくとも2回くらいに分けて行うべきです。
経営においても新製品を出す場合などは似た戦法を採ります。筆者が担当していた日清食品の当時の安藤百福社長は新しい即席ラーメンを出す時は必ず九州から発売して様子を見ていました。いきなり、大消費地の大阪や東京で売り出して失敗することを避けるためでした。食品に限らず新商品を出す場合、地方で売り出して反応をみるのが普通です。新製品に長い時間と費用をかけ、そうとうの自信があったとしても企業は慎重に臨むのです。われわれ個人も大いに見習うべきだと思います。
投資家に、そうとうの自信があったとしても、相場は常に変化して動いていますので、昨日までは強い材料であっても、今日の相場には織り込まれて、強い材料とはいえなくなっている場合が多いのです。ましてや、昔と違ってネット取引が活発な今日では数分単位で強弱感が変化しますからなおさらです。
投資家はどんなベテランであっても、売買という実際の行為に直面すると、それまでの冷静さが失われ、売買を急ぐ心理が働きます。不思議です。
その理由としては、(一)熱心な相場研究、銘柄研究によって、絶対に大丈夫と過剰な自信を持つ、(二)努力したのだから少しでも他人の先を越したい、(三)努力したのだから、早く、そして少しでも多く儲けたい、といった心理が働くためです。努力して研究し、「よし」と思ったところが危ないということです。それなら研究なんかする必要がないということにもつながりかねません。
しかし、研究は絶対に必要ですが、研究に打ち込んでいる間にも相場環境は変化しているので、数回、最低でも2回に分けて売買しなさいと教えているのです。昔の戦争映画などを観ていますと、数人の斥候を出して敵の様子をうかがいます。斥候が帰って来なければ敵がいるのです。一度に多くの兵を出すと全滅の恐れがあります。株式売買も戦いですから、一度に大量の注文を出すのでなく、斥候を出すように少なくとも2回くらいに分けて行うべきです。
経営においても新製品を出す場合などは似た戦法を採ります。筆者が担当していた日清食品の当時の安藤百福社長は新しい即席ラーメンを出す時は必ず九州から発売して様子を見ていました。いきなり、大消費地の大阪や東京で売り出して失敗することを避けるためでした。食品に限らず新商品を出す場合、地方で売り出して反応をみるのが普通です。新製品に長い時間と費用をかけ、そうとうの自信があったとしても企業は慎重に臨むのです。われわれ個人も大いに見習うべきだと思います。
posted by 犬丸正寛 at 16:15
| 相場格言
2006年11月16日
相場格言−−余りものに買いなし
関西の商売では、「残りものに福あり」といって大切にしている言葉ですが、内容的には、それほど、この標題の格言と違わないと思います。分かりやすい例ですと、デパートの閉店時間間際の買い物です。単身赴任の身と思われるお父さま方が、筆者もそのひとりですが、デパートの地下食品売り場で閉店間際を狙って弁当を買います。1200円もするような幕の内弁当が800円くらいで買えることもあるので、まさに「残りものに福」です。ただし、味がもうひとつと思われる弁当は残っている数も多く、「余りものに買いなし」といえるのではないでしょうか。
内容がよくて、時間制限などによって残っている、余りものは買ってもいいが、内容の伴わないものは、安物買いの銭失いになってしまいます。株式市場では、その日の立会いは、原則、午後3時で終わりです。この時に、売り気配となっているような銘柄には手を出さないほうがよいという教えです。いうまでもなく、株式市場は売りと買いによる需給関係で株価が決まります。立会い終了時間までの場中なら、なぜ売り物が多く出ているか、調べることも可能ですが。引け間際の売り、つまり「余り物」となっている場合は、何が材料か分からないので、相場感や値ごろ感から買うと非常に危険です。次の朝、会社更生法申請といった最悪の事態もあります。現実に、バブル崩壊過程で、日経平均が7600円台の安値をつけた2003年にかけては、引けで売り物が出ている銘柄は絶対に買えませんでした。
当時は危ない会社のリストが出まわって、次はどこが行き詰まるかという時代でした。今は、景気もかなり上向いて倒産リスクは薄らいでいますが、それでも、倒産しないまでも先般の新興企業の社長が詐欺罪で逮捕され大量の売り物がでて大きく下げた例もありますので、個人投資家は基本的には、多くの売り物が出ている銘柄、つまり余り物銘柄には近づかないのがよいと思います。
ただ、ひとつだけ、引けでまとまった売りが出ているようなケースで買っていいということが言われる場合があります。信用取引(お金を借りて株を買う)の6ヶ月期日が到来し、処分売りしなくてはいけないような時の売り物です。この場合でも、短時間の間に情報収集が可能な人でないと難しいと思います。なぜなら、信用取引の期日が到来している場合でも、処分売りしないで、継続できる乗り換え制度や信用で買った株券をお金をそっくり出して現引きする方法もあるからです。急いで、信用買いの処分売りをする場合は経営リスクなどの悪材料が隠れていることもありますので、やはり「余り物」には手を出さないのがよいでしょう。
会社経営でも、これから人手が不足してくる時代ですが、就職の決まらないような人をうっかり採用すると、結局は使いものにならかったということになります。
情報化時代の証券専門紙
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内容がよくて、時間制限などによって残っている、余りものは買ってもいいが、内容の伴わないものは、安物買いの銭失いになってしまいます。株式市場では、その日の立会いは、原則、午後3時で終わりです。この時に、売り気配となっているような銘柄には手を出さないほうがよいという教えです。いうまでもなく、株式市場は売りと買いによる需給関係で株価が決まります。立会い終了時間までの場中なら、なぜ売り物が多く出ているか、調べることも可能ですが。引け間際の売り、つまり「余り物」となっている場合は、何が材料か分からないので、相場感や値ごろ感から買うと非常に危険です。次の朝、会社更生法申請といった最悪の事態もあります。現実に、バブル崩壊過程で、日経平均が7600円台の安値をつけた2003年にかけては、引けで売り物が出ている銘柄は絶対に買えませんでした。
当時は危ない会社のリストが出まわって、次はどこが行き詰まるかという時代でした。今は、景気もかなり上向いて倒産リスクは薄らいでいますが、それでも、倒産しないまでも先般の新興企業の社長が詐欺罪で逮捕され大量の売り物がでて大きく下げた例もありますので、個人投資家は基本的には、多くの売り物が出ている銘柄、つまり余り物銘柄には近づかないのがよいと思います。
ただ、ひとつだけ、引けでまとまった売りが出ているようなケースで買っていいということが言われる場合があります。信用取引(お金を借りて株を買う)の6ヶ月期日が到来し、処分売りしなくてはいけないような時の売り物です。この場合でも、短時間の間に情報収集が可能な人でないと難しいと思います。なぜなら、信用取引の期日が到来している場合でも、処分売りしないで、継続できる乗り換え制度や信用で買った株券をお金をそっくり出して現引きする方法もあるからです。急いで、信用買いの処分売りをする場合は経営リスクなどの悪材料が隠れていることもありますので、やはり「余り物」には手を出さないのがよいでしょう。
会社経営でも、これから人手が不足してくる時代ですが、就職の決まらないような人をうっかり採用すると、結局は使いものにならかったということになります。
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posted by 犬丸正寛 at 12:31
| 相場格言
2006年11月06日
相場格言 理屈屋の相場下手
「理屈上手の商い下手」とか、「理屈には負けても相場に勝て」、「勝っていくら」、「言うは易し行うは難し」などと言う言葉もこの格言に近いものです。その人の性格による部分はあるとは思われますが、往々にして多くの投資家は、最初は相場に耳を傾ける謙虚さがありますが、少しづつ投資経験と勉強を重ねるにつれて、株はこういうものだとか、経済や景気、さらには天下国家論まで知識をご開帳するようになります。
こうした人の共通項は決まって、うまく儲かった時の話だけを、ことなら大きくひらけだすことです。それでも、黙って聞いていると、こちらから聞きもしないのにべらべら喋って、結局はほとんど儲かっていないで、それどころか大きな損をしていることがばれてしまうものです。勉強することは非常に大事なことで、勉強すれば株で儲けることにつがるだけでなく、社会生活、あるいは商いにも役立ちます。
しかし、知識を蓄え理屈上手になって、理屈に酔って相手を見下すようになったりすると、まず株式投資で儲けることは無理です。相場について理屈を語る人は、発言した通りに相場が動かないと、「間違っているのは相場で正しいのは自分である」と、自分の都合のよいように解釈して相手を負かせることに生きがいを感じてしまうようになるからです。
こうしたひとりよがりを戒めるために、「相場は相場に聞け」という格言があるほどです。ゴルフをやる人なら、「ゴルフは上がっていくら」といいう言葉をよく耳にするはずです。いくら、遠くまでボールを飛ばしても、スコアが悪ければ、プレー後の表彰式では上位の人としては賛辞は贈られません。200ヤード飛ばすのも1打なら、わずか50センチのパットもスコアの上では同じ1打です。ましてや、ゴルフを生活の糧にしているプロゴルフは、株式投資と同じように儲けていくら、上がっていくらの世界なのです。
経営面では、さすがにバブル崩壊後の厳しい経済状況では、新聞記者を集めて酔った勢いで手柄話や学歴、人脈の広さ、知識の豊富さを自慢する経営者は少なくなりましたが、かつては、この手の経営者が数多くみられ、日本は国土面積が狭いのだから地価は上がり続けると聞かされたものです。その結果が、銀行の行き詰まりであり、名門企業の経営不安や業績悪化でした。それだけの理屈がとうとうと述べられるのなら、名門企業の破綻などはなかったはずです。
結局は、理屈上手の商い(経営)下手」というものです。勉強は怠らず、社会の変化、相場の変化などには静かに耳を傾ける姿勢だけは筆者もなくさないように心がけたいと思っています。
情報化時代の証券専門紙
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こうした人の共通項は決まって、うまく儲かった時の話だけを、ことなら大きくひらけだすことです。それでも、黙って聞いていると、こちらから聞きもしないのにべらべら喋って、結局はほとんど儲かっていないで、それどころか大きな損をしていることがばれてしまうものです。勉強することは非常に大事なことで、勉強すれば株で儲けることにつがるだけでなく、社会生活、あるいは商いにも役立ちます。
しかし、知識を蓄え理屈上手になって、理屈に酔って相手を見下すようになったりすると、まず株式投資で儲けることは無理です。相場について理屈を語る人は、発言した通りに相場が動かないと、「間違っているのは相場で正しいのは自分である」と、自分の都合のよいように解釈して相手を負かせることに生きがいを感じてしまうようになるからです。
こうしたひとりよがりを戒めるために、「相場は相場に聞け」という格言があるほどです。ゴルフをやる人なら、「ゴルフは上がっていくら」といいう言葉をよく耳にするはずです。いくら、遠くまでボールを飛ばしても、スコアが悪ければ、プレー後の表彰式では上位の人としては賛辞は贈られません。200ヤード飛ばすのも1打なら、わずか50センチのパットもスコアの上では同じ1打です。ましてや、ゴルフを生活の糧にしているプロゴルフは、株式投資と同じように儲けていくら、上がっていくらの世界なのです。
経営面では、さすがにバブル崩壊後の厳しい経済状況では、新聞記者を集めて酔った勢いで手柄話や学歴、人脈の広さ、知識の豊富さを自慢する経営者は少なくなりましたが、かつては、この手の経営者が数多くみられ、日本は国土面積が狭いのだから地価は上がり続けると聞かされたものです。その結果が、銀行の行き詰まりであり、名門企業の経営不安や業績悪化でした。それだけの理屈がとうとうと述べられるのなら、名門企業の破綻などはなかったはずです。
結局は、理屈上手の商い(経営)下手」というものです。勉強は怠らず、社会の変化、相場の変化などには静かに耳を傾ける姿勢だけは筆者もなくさないように心がけたいと思っています。
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posted by 犬丸正寛 at 13:15
| 相場格言
2006年10月06日
相場格言−−もうはまだなり、まだはもうなり
筆者自身、この格言ほど難しいものはないと思っています。この言葉の言おうとすることは分かりますが、しかし、どうすれば格言とおりに実行できるのだろうかということで悩みます。
格言の意味するところは、上げてきた株価が、「もう」このあたりで天井だと自分で思ったところは、実は「まだ」上値を残しているし、反対に、「まだ」上がると強気になったところは「もう」天井であるという教えです。もちろん、下げ相場でも使いますが、どちらかといえば、上昇相場で使うことがほとんどです。
現在はパソコンなどによるデータでの判断があらゆる分野において優先する時代です。たとえば、CD−ROM株価チャートなどを駆使してデータ処理する人からみると、株価のピークやボトムはかなりの確率で高まる、といった返事が返って来るでしょう。しかし、CD−ROMなどよりケタ違いに立派なコンピュータを投入して運用しているはずの投信などの運用成績が優れているかといえば必ずしも及第点をつけられるものではありません。
とくに、現在のように時代が大きく変わろうとしてるような時は、理屈とおりやコンピュータの予測とおりには行かないものです。従来の、国家・官僚主導の経済の時代なら、企業は決められた枠の中で行動していればよかったのですが、現在は、経営を支配しようとするM&A(企業の買収・合併)の時代です。
基礎データはコンピュータでそろえることができても、データの枠を超えて人間と人間のぶっつかり合う戦いの場となってくれば、「もうはまだなり、まだはもうなり」という駆け引きと自分との戦いです。個人投資家が好む低位株などは、この格言が当てはまるケースが多いと思います。
日本を代表する優良株は、優秀な多くのアナリストが常にウォッチしているため意外性がありませんが、アナリストが日頃まったく見ていない低位ボロ株が人気化して大相場となるのは意外性があるからです。それまで動かなかった低位株が動き始めたら、少なくとも初動段階で「もういいだろう」と思わず、粘ってみて下さい。
経営者においても、長い間、苦労をされた人ほど、「もうこれで経営は安心」とほっとされるものです。ほっと程度なら結構ですが、「もう」が「慢心」につながって立派なビルを建てたり、銀座通いをするようになり、自分の気にいらぬ人を切ったりするようになると、まず間違いなく経営は傾きます。会社経営には、これでいいということはなく、常に「もうはまだなり」と戦い続けるものではないでしょうか。
格言の意味するところは、上げてきた株価が、「もう」このあたりで天井だと自分で思ったところは、実は「まだ」上値を残しているし、反対に、「まだ」上がると強気になったところは「もう」天井であるという教えです。もちろん、下げ相場でも使いますが、どちらかといえば、上昇相場で使うことがほとんどです。
現在はパソコンなどによるデータでの判断があらゆる分野において優先する時代です。たとえば、CD−ROM株価チャートなどを駆使してデータ処理する人からみると、株価のピークやボトムはかなりの確率で高まる、といった返事が返って来るでしょう。しかし、CD−ROMなどよりケタ違いに立派なコンピュータを投入して運用しているはずの投信などの運用成績が優れているかといえば必ずしも及第点をつけられるものではありません。
とくに、現在のように時代が大きく変わろうとしてるような時は、理屈とおりやコンピュータの予測とおりには行かないものです。従来の、国家・官僚主導の経済の時代なら、企業は決められた枠の中で行動していればよかったのですが、現在は、経営を支配しようとするM&A(企業の買収・合併)の時代です。
基礎データはコンピュータでそろえることができても、データの枠を超えて人間と人間のぶっつかり合う戦いの場となってくれば、「もうはまだなり、まだはもうなり」という駆け引きと自分との戦いです。個人投資家が好む低位株などは、この格言が当てはまるケースが多いと思います。
日本を代表する優良株は、優秀な多くのアナリストが常にウォッチしているため意外性がありませんが、アナリストが日頃まったく見ていない低位ボロ株が人気化して大相場となるのは意外性があるからです。それまで動かなかった低位株が動き始めたら、少なくとも初動段階で「もういいだろう」と思わず、粘ってみて下さい。
経営者においても、長い間、苦労をされた人ほど、「もうこれで経営は安心」とほっとされるものです。ほっと程度なら結構ですが、「もう」が「慢心」につながって立派なビルを建てたり、銀座通いをするようになり、自分の気にいらぬ人を切ったりするようになると、まず間違いなく経営は傾きます。会社経営には、これでいいということはなく、常に「もうはまだなり」と戦い続けるものではないでしょうか。
posted by 犬丸正寛 at 14:05
| 相場格言
2006年09月20日
相場格言−−天井3日、底値100日
株価が見直されるまでには時間がかかり、しかも天井をつける時は一瞬だから、売買のタイミングは非常に大切であるという教えです。
とくに、この格言では「出遅れ銘柄」といわれる比較的人気の乏しい銘柄に使われる場合が多いようです。したがって、何らかの判断で人気の乏しい銘柄を買った場合は、見直されるまでに100日くらいの長い時間がかかるので辛抱することが大切で、しかも、いよいよその銘柄が買われてきた時は人気性がなく持続力が乏しいため短期間で天井をつけるので早めの利食いを心がけることが肝要であると教えています。
100日もの長い間待たされたのだからという投資家心理は理解できますが、主役銘柄ではないので爪を延ばさない割り切りが必要だと思います。
それでは、人気のある銘柄と出遅れ銘柄との違いはどこにあるのでしょう。以前、当欄で「株を買うな時を買え」という格言を紹介しましたが、この格言が人気性を表している代表的なものだと思います。いくら自分が良いと判断した銘柄でも時の流れに合致しないと動かないということです。
時の流れとは(一)社会のニーズに沿った商品やサービスを提供している、(二)マーケット独自の人気、たとえば値がさ株(値段の高い銘柄)中心の相場か低位株中心の相場か、ということです。こうした流れにマッチしていないと、仮に、いくら内容がよくても動かないということです。それでも、幸いなことにマーケットには、「出遅れ株買い」という相場がありますので100日もガマンすれば見直される時は必ず来るものです。
なぜなら、投資家は220万社といわれる株式会社の中でも売買可能なのは上場銘柄ですから、いくら時流に乗る人気銘柄といえど上がり続けることはありません。人気銘柄ばかり追い続けるより、人気はなくても動いていない銘柄が儲かりそうに見えるからです。しかし、そうした出遅れ銘柄は時流に乗る銘柄と違って、3日間ほどの短期間にに天井をつけることがほとんどですから素早く利食うことが大切です。
経営では、よほど画期的な新製品でない限り、商品が売れるようになるには多くの時間がかかります。しかも、最近は売れ始めたと思ったらもうおしまいという移り変わりの早い時代です。それでも、必需品的なもので役立つものならある程度息の長い売れ行きも期待できますが、趣向品的なものはすぐに寿命が来てしまいます。まさに「花の命は短い」のが今日の商品の姿ですから、経営者の時代を見る目の正確さがますます大切となっています。
とくに、この格言では「出遅れ銘柄」といわれる比較的人気の乏しい銘柄に使われる場合が多いようです。したがって、何らかの判断で人気の乏しい銘柄を買った場合は、見直されるまでに100日くらいの長い時間がかかるので辛抱することが大切で、しかも、いよいよその銘柄が買われてきた時は人気性がなく持続力が乏しいため短期間で天井をつけるので早めの利食いを心がけることが肝要であると教えています。
100日もの長い間待たされたのだからという投資家心理は理解できますが、主役銘柄ではないので爪を延ばさない割り切りが必要だと思います。
それでは、人気のある銘柄と出遅れ銘柄との違いはどこにあるのでしょう。以前、当欄で「株を買うな時を買え」という格言を紹介しましたが、この格言が人気性を表している代表的なものだと思います。いくら自分が良いと判断した銘柄でも時の流れに合致しないと動かないということです。
時の流れとは(一)社会のニーズに沿った商品やサービスを提供している、(二)マーケット独自の人気、たとえば値がさ株(値段の高い銘柄)中心の相場か低位株中心の相場か、ということです。こうした流れにマッチしていないと、仮に、いくら内容がよくても動かないということです。それでも、幸いなことにマーケットには、「出遅れ株買い」という相場がありますので100日もガマンすれば見直される時は必ず来るものです。
なぜなら、投資家は220万社といわれる株式会社の中でも売買可能なのは上場銘柄ですから、いくら時流に乗る人気銘柄といえど上がり続けることはありません。人気銘柄ばかり追い続けるより、人気はなくても動いていない銘柄が儲かりそうに見えるからです。しかし、そうした出遅れ銘柄は時流に乗る銘柄と違って、3日間ほどの短期間にに天井をつけることがほとんどですから素早く利食うことが大切です。
経営では、よほど画期的な新製品でない限り、商品が売れるようになるには多くの時間がかかります。しかも、最近は売れ始めたと思ったらもうおしまいという移り変わりの早い時代です。それでも、必需品的なもので役立つものならある程度息の長い売れ行きも期待できますが、趣向品的なものはすぐに寿命が来てしまいます。まさに「花の命は短い」のが今日の商品の姿ですから、経営者の時代を見る目の正確さがますます大切となっています。
posted by 犬丸正寛 at 18:22
| 相場格言
2006年08月03日
相場格言−−大台乗せ後の初割れは買い
株価が1000円とか3000円、あるいは10000円という大台に乗せ、大きなフシを達成した後の大台を割るような下げになった時は文句なく買いであるという教えです。
個人でも企業でも、真摯に生きているところほど、生きてることを実感したいし、社会における存在感に充実感を享受したいと思うものです。そういう思いの強い個人、企業ほど目標を持って日々の生活を送っているはずで、その目標を数字に置き換えた場合、個人なら年収500万円とか1000万円、企業なら売上高1億円、100億円、1000億円という大きなラウンドナンバーの数字となって現れます。
それが、個人なら課長職、部長職、役員といった形で現れますし、企業なら株価の1000円、3000円といった記念すべきフシとして現れます。
たとえば、世界を代表する企業のソニーが初めて株価1万円の大台に乗せたのは1997年5月です。その後、しばらくは1万円台をキープしていましたが、98年9月に1万円の大台を割り同じ年の10月には7230円まで下げました。そして、そこをボトムとして2000年2月の3万3250円まで上昇しました。
2000年当時、ITブームがあり、この人気に乗ったとはいえボトムからは4.6倍もの急騰です。仮に、この格言を信じて、いちばんのボトムは買えなかったとしても大台の初割れで9000円で買っていたとしても3.7倍の値上りです。
ソニーの場合、97年3月期に売上高が5兆円台に乗せています。恐らく、それまでの2兆円、3兆円の売上を5兆円に持って行こうという目標があったはずです。それに合わせて株価も1万円台の大台に乗せたとみていいと思います。
こうした目標を達成できる企業は、「目標の企画立案―具体的行動計画立案―行動計画に即した実行」という一連の流れがしっかりして、社内がまとまっていたから可能だったなわけで、「5兆円は通過時点にすぎない。次は10兆円も可能」とみて、株価の初割れを買うことができるのです。ところが、その後のソニーは売上高は7兆円台でもたつき利益は逆に一時、売上5兆円の時に上げた利益の10分の1に落ち込んでしまったため株価が低迷しているのです。
このように、売上高の大台乗せ達成で安心してしまうか、逆に、兜の緒を締めるかで展開は大きく変わってきます。これは間違いなくトップ経営者の最高の立ち振舞いといえます。株価も売上高も大きなフシを達成後は一服感の出ることを否定するものではありませんが、一服したあとの戦略が経営者の腕の見せ所といえるでしょう。
個人でも企業でも、真摯に生きているところほど、生きてることを実感したいし、社会における存在感に充実感を享受したいと思うものです。そういう思いの強い個人、企業ほど目標を持って日々の生活を送っているはずで、その目標を数字に置き換えた場合、個人なら年収500万円とか1000万円、企業なら売上高1億円、100億円、1000億円という大きなラウンドナンバーの数字となって現れます。
それが、個人なら課長職、部長職、役員といった形で現れますし、企業なら株価の1000円、3000円といった記念すべきフシとして現れます。
たとえば、世界を代表する企業のソニーが初めて株価1万円の大台に乗せたのは1997年5月です。その後、しばらくは1万円台をキープしていましたが、98年9月に1万円の大台を割り同じ年の10月には7230円まで下げました。そして、そこをボトムとして2000年2月の3万3250円まで上昇しました。
2000年当時、ITブームがあり、この人気に乗ったとはいえボトムからは4.6倍もの急騰です。仮に、この格言を信じて、いちばんのボトムは買えなかったとしても大台の初割れで9000円で買っていたとしても3.7倍の値上りです。
ソニーの場合、97年3月期に売上高が5兆円台に乗せています。恐らく、それまでの2兆円、3兆円の売上を5兆円に持って行こうという目標があったはずです。それに合わせて株価も1万円台の大台に乗せたとみていいと思います。
こうした目標を達成できる企業は、「目標の企画立案―具体的行動計画立案―行動計画に即した実行」という一連の流れがしっかりして、社内がまとまっていたから可能だったなわけで、「5兆円は通過時点にすぎない。次は10兆円も可能」とみて、株価の初割れを買うことができるのです。ところが、その後のソニーは売上高は7兆円台でもたつき利益は逆に一時、売上5兆円の時に上げた利益の10分の1に落ち込んでしまったため株価が低迷しているのです。
このように、売上高の大台乗せ達成で安心してしまうか、逆に、兜の緒を締めるかで展開は大きく変わってきます。これは間違いなくトップ経営者の最高の立ち振舞いといえます。株価も売上高も大きなフシを達成後は一服感の出ることを否定するものではありませんが、一服したあとの戦略が経営者の腕の見せ所といえるでしょう。
posted by 犬丸正寛 at 16:37
| 相場格言
2006年08月02日
相場格言−−相場の極意は見ざる言わざる聞かざる
米(コメ)相場の神様とまでいわれた本間宗久が残した相場金言集「三猿金銭録」の中心をなす考え方といわれるものです。本間宗久は多くの金言、今でいう格言を残していますが、相場において最終的には人の意見に惑わされず、自分で考えて決めなさい、ということが言いたかったようです。
3匹の猿が目、口、耳を手でふさぎ、見ない、言わない、聞かないという、「見ざる、言わざる、聞かざる」の、あの日光東照宮の猿の彫刻は有名です。一説では子供の頃は、大人のよくない行動を見たり、口にしたり、聞いたりしないで習い事に一生懸命になりなさいという教えといわれます。しかし、今日では、低俗な情報の氾濫に伴って犯罪の低年齢化が進むなど、3匹の猿の教えが通用するのはなかなか難しいことです。
かつての証券会社では、たとえば店頭は現在と違って、多くの常連客などで賑わい、全体相場や個別銘柄についての話題が飛び交っていました。投資家もこうした話題を求めて証券会社の店頭に出かけて行くのを楽しみにしていたものです。しかし、こうした話題を参考にするのはよいけれど振り回されないで、最終的には自分自身で売り買いの判断を決めなさい、つまり、見ざる、言わざる、聞かざるのスタンスで、自分の考えを大切にしなさいという教えです。
今でも、都内には昔の面影を残した証券会社の店舗はありますが、多くは、ネットでの取引になり、あるいは店頭も銀行以上に綺麗になって、しかも、営業カウンターの社員もアナリストレポート以外のことには答えてくれません。したがって口、耳から入ってくる情報は非常に少なくなり、最近の情報はネットによる目からのものが中心となっていますし、不確定な情報が多くなっています。とくに、今日の投資家は「見ざる」ことに心することが大切です。
むしろ、最近は経営面において、経営者同士の交流会、勉強会などが活発で目、口、耳から入ってくる情報が非常に多くなっています。経営者にとって、情報収集は非常に重要なことですが、自社の実力を忘れて勢いに流されてしまうとバブル崩壊の二の舞になりかねません。経営者こそ孤独な存在ですから、最後は「見ざる、言わざる、聞かざる」を実践することが大切ではないでしょうか。
3匹の猿が目、口、耳を手でふさぎ、見ない、言わない、聞かないという、「見ざる、言わざる、聞かざる」の、あの日光東照宮の猿の彫刻は有名です。一説では子供の頃は、大人のよくない行動を見たり、口にしたり、聞いたりしないで習い事に一生懸命になりなさいという教えといわれます。しかし、今日では、低俗な情報の氾濫に伴って犯罪の低年齢化が進むなど、3匹の猿の教えが通用するのはなかなか難しいことです。
かつての証券会社では、たとえば店頭は現在と違って、多くの常連客などで賑わい、全体相場や個別銘柄についての話題が飛び交っていました。投資家もこうした話題を求めて証券会社の店頭に出かけて行くのを楽しみにしていたものです。しかし、こうした話題を参考にするのはよいけれど振り回されないで、最終的には自分自身で売り買いの判断を決めなさい、つまり、見ざる、言わざる、聞かざるのスタンスで、自分の考えを大切にしなさいという教えです。
今でも、都内には昔の面影を残した証券会社の店舗はありますが、多くは、ネットでの取引になり、あるいは店頭も銀行以上に綺麗になって、しかも、営業カウンターの社員もアナリストレポート以外のことには答えてくれません。したがって口、耳から入ってくる情報は非常に少なくなり、最近の情報はネットによる目からのものが中心となっていますし、不確定な情報が多くなっています。とくに、今日の投資家は「見ざる」ことに心することが大切です。
むしろ、最近は経営面において、経営者同士の交流会、勉強会などが活発で目、口、耳から入ってくる情報が非常に多くなっています。経営者にとって、情報収集は非常に重要なことですが、自社の実力を忘れて勢いに流されてしまうとバブル崩壊の二の舞になりかねません。経営者こそ孤独な存在ですから、最後は「見ざる、言わざる、聞かざる」を実践することが大切ではないでしょうか。
posted by 犬丸正寛 at 14:39
| 相場格言
2006年08月01日
相場格言−−思いつきでの売買は大ケガのもと
相場は一見、時の流れに身をまかせるかのように気まぐれに動いているようにみえても、実際は人間にとって命から2番目に大切なお金を動かしているのですから、思いつきで投資して儲かるほど単純なものではないと戒めている言葉です。たしかに、景気が大きな底入れから回復に転じているような時は、何を買っても儲かるような時もないとはいえません。むしろ、そういう局面ではあれこれ理屈を言うより、思いつきやひらめきの単純さで買った方がよい場合もあります。
しかし、それは偶然に景気回復局面に出くわしたからにすぎません。今までうまくいったからといって、いつまでも景気が好調という単純な発想を続けていますと、仮に、その景気が天井圏だったとしたら大きな下げに見舞われ損失が出ることは明らかです。
現在、プロ野球は年間140試合あります。この140試合をどう戦っていくかをチームのリーダ達は考えているのです。年間のチーム勝率が6割を超えればリーグでの優勝が可能になります。監督、コーチのみなさんは、140試合中、6割に当たる84勝以上にいかにもっていくかを考えて戦っているのです。決して、思いつきだけで戦っているのではありません。思いつきの野球ではリーグ優勝はできません。選手ひとり一人を知り、適材適所で力を発揮させることのできる監督が優勝の美酒を飲めるのです。
株式投資もまったく同じです。選手にあたるのが個々の銘柄であり、その銘柄がどのような局面で活躍するのかなどを研究しなくてはいけません。もちろん、あれこれ考えたり研究した末でジャッジしなくてはいけないときはヒラメキのような直感も大切だろうと思います。しかし、うしたヒラメキも日ごろの考える行動の積み重ね中から生まれてくることを知るべきです。
ツキやヒラメキは単純な日ごろの思いつき生活スタイルからは決して生まれてきません。まして、経営においては、株式投資以上に考えることが大切です。株式投資なら自分だけのこととして片付けることもできますが、会社には従業員やその家族、さらには関係取引先もあります。経営トップの軽率な思いつき経営では会社を破綻に追い込んでしまう可能性がありますし、現実に上場企業の中からも「思いつき経営者」によって倒産したところもあります。とくに、思いつきは、過去の成功に頼ったうぬぼれから派生する場合がほとんどですから株式投資も経営も謙虚さを失ってはいけないといえるでしょう。
しかし、それは偶然に景気回復局面に出くわしたからにすぎません。今までうまくいったからといって、いつまでも景気が好調という単純な発想を続けていますと、仮に、その景気が天井圏だったとしたら大きな下げに見舞われ損失が出ることは明らかです。
現在、プロ野球は年間140試合あります。この140試合をどう戦っていくかをチームのリーダ達は考えているのです。年間のチーム勝率が6割を超えればリーグでの優勝が可能になります。監督、コーチのみなさんは、140試合中、6割に当たる84勝以上にいかにもっていくかを考えて戦っているのです。決して、思いつきだけで戦っているのではありません。思いつきの野球ではリーグ優勝はできません。選手ひとり一人を知り、適材適所で力を発揮させることのできる監督が優勝の美酒を飲めるのです。
株式投資もまったく同じです。選手にあたるのが個々の銘柄であり、その銘柄がどのような局面で活躍するのかなどを研究しなくてはいけません。もちろん、あれこれ考えたり研究した末でジャッジしなくてはいけないときはヒラメキのような直感も大切だろうと思います。しかし、うしたヒラメキも日ごろの考える行動の積み重ね中から生まれてくることを知るべきです。
ツキやヒラメキは単純な日ごろの思いつき生活スタイルからは決して生まれてきません。まして、経営においては、株式投資以上に考えることが大切です。株式投資なら自分だけのこととして片付けることもできますが、会社には従業員やその家族、さらには関係取引先もあります。経営トップの軽率な思いつき経営では会社を破綻に追い込んでしまう可能性がありますし、現実に上場企業の中からも「思いつき経営者」によって倒産したところもあります。とくに、思いつきは、過去の成功に頼ったうぬぼれから派生する場合がほとんどですから株式投資も経営も謙虚さを失ってはいけないといえるでしょう。
posted by 犬丸正寛 at 13:27
| 相場格言
2006年06月26日
相場格言『陰陽は繰り返す』
世の中の原理は月の満ち欠け潮の満ち引き、昼と夜、冬と夏というように陰と陽の循環であり、相場も陰(弱)と陽(強)が一定のサイクルで循環しているという教え。
陰陽を表す有名な言葉としては、『おごる平家久しからず』がありますが、いつまでもいい時ばかりは続かないと諭していますので相場にも大いに通用する言葉です。また、昔の商人は、「良きときに不足を予期して蓄えることを怠らず、苦しき時に希望を持ちて事にあたる」と、心に強く言い聞かせて商いに励んでいたといわれます。この商人の心であるDNA(遺伝子)が受け継がれて世界で通用する日本の優秀な企業、そして、世界一高い貯蓄率を誇る国民性となっているのではないでしょうか。
株式相場では、90年以降のバブル崩壊による下げ相場では、総悲観の「陰」の状態で真っ暗闇が続きました。しかし、相場格言に『朝の来ない夜はない』と、陰の次に必ずやって来る「陽」を信じることを強調しています。
とくに、指摘した格言と、『夜明け前の相場がいちばん暗い』という格言を重ね合わせ、日経平均が8000円割れまで下げた時に勇気をもって買いに出た人は、現在、非常に大きな利益を手にすることができているのです。反対に、振り返って、1989年当時に日経平均が3万8915円をつけた時は、5万円は時間の問題で10万円もあるといった、「おごる平家」にも似た状況だったといえます。結局は株式投資の極意は、「陰のときは陽を考え、陽のときは陰を考える」という“逆張り”投資ということになるのではないでしょうか。
仮に、バスに乗り遅れたからといって、あわてて買いに行くことはありません。必ず陽の次は陰が待っているのです。経済にはコンドラチエフの波(50年程度)、ジュグラーの波(10年程度)、キチンの波(40ヶ月程度)という代表的な「波動」がありますが、これも陰陽のひとつですので、この波を捉えることも大切です。ただ、それ以上に経営にとって大切なのは「おごる平家」的なおごりではないでしょうか。
経営者自らが、おごりをもってはどうしようもありませんが、社内におごりの気持ちをもたせないようにすることが経営者の大切な役目といえるでしょう。
陰陽を表す有名な言葉としては、『おごる平家久しからず』がありますが、いつまでもいい時ばかりは続かないと諭していますので相場にも大いに通用する言葉です。また、昔の商人は、「良きときに不足を予期して蓄えることを怠らず、苦しき時に希望を持ちて事にあたる」と、心に強く言い聞かせて商いに励んでいたといわれます。この商人の心であるDNA(遺伝子)が受け継がれて世界で通用する日本の優秀な企業、そして、世界一高い貯蓄率を誇る国民性となっているのではないでしょうか。
株式相場では、90年以降のバブル崩壊による下げ相場では、総悲観の「陰」の状態で真っ暗闇が続きました。しかし、相場格言に『朝の来ない夜はない』と、陰の次に必ずやって来る「陽」を信じることを強調しています。
とくに、指摘した格言と、『夜明け前の相場がいちばん暗い』という格言を重ね合わせ、日経平均が8000円割れまで下げた時に勇気をもって買いに出た人は、現在、非常に大きな利益を手にすることができているのです。反対に、振り返って、1989年当時に日経平均が3万8915円をつけた時は、5万円は時間の問題で10万円もあるといった、「おごる平家」にも似た状況だったといえます。結局は株式投資の極意は、「陰のときは陽を考え、陽のときは陰を考える」という“逆張り”投資ということになるのではないでしょうか。
仮に、バスに乗り遅れたからといって、あわてて買いに行くことはありません。必ず陽の次は陰が待っているのです。経済にはコンドラチエフの波(50年程度)、ジュグラーの波(10年程度)、キチンの波(40ヶ月程度)という代表的な「波動」がありますが、これも陰陽のひとつですので、この波を捉えることも大切です。ただ、それ以上に経営にとって大切なのは「おごる平家」的なおごりではないでしょうか。
経営者自らが、おごりをもってはどうしようもありませんが、社内におごりの気持ちをもたせないようにすることが経営者の大切な役目といえるでしょう。
posted by 犬丸正寛 at 14:36
| 相場格言
2006年06月12日
相場師に金なしは鳥に翼なきが如し
相場を張るときには、いざというときのための資金を確保しておくことが必要だ、という意味のウォール街の格言です。どんなに相場観や手腕が優れていても、絶好の買い場というときに資金が枯渇していては、大きな成果は得られません。軍資金の備えは欠かせないのです。
この他にも「相場の金と凧の糸は出しきるな」や、「資力相応に仕掛けるべし」などの格言があります。資金に限界があることを忘れて相場を張っていると、やがて弾が尽きて市場から退場を迫られます。負ければ負けるほど判断を誤りやすくなりますが、資金が十分にあれば売買にも余裕が出てきます。
あらためて言うまでもないことですが、企業経営においても資金の確保や投資の配分は、企業の存続に関わるものです。無借金経営の企業の場合、自己資金で思い切った設備投資を実行できることが、さらに競争力を高める一因だとも指摘されています。しかし一方で、過大な拡大戦略に走った結果、有利子負債が膨らんで、新しい設備の導入や、店舗の改装資金もままならない企業があります。
成長途上の企業の場合は、成長を加速させるために資金需要が旺盛なのは当然のことです。しかし時には、実力以上の資金需要を発生させているケースも見受けられます。たとえば、売上が急速に伸び始めると、その成長が当分の間続くと見て、一気に拡大戦略に走りやすい傾向もあります。先行投資と称して大量に人員を採用するだけでなく、高い家賃のオフィスへの移転や、豪華な装飾品の購入などにも金を使うようになります。
こうなってしまえば、売上が増えても、人件費などの経費がそれ以上に膨らむため、キャッシュフローは一向に改善しません。結果的に、借入金や社債などの有利子負債が膨らんでいきます。そして、景気減速や競争激化で売上の伸びが止まると、一気に経営が悪化するというのが典型的なパターンです。有利子負債が過大になりすぎてからでは手遅れです。かなり高い確率でツケが回ってきます。
株式市場では、過大な拡大戦略だという懸念があっても、こうした急成長企業の“勢い”を買うため、株価が大幅に上昇することもあります。しかし経営という観点から見れば、売上が伸びていても無理をせず、その間に企業体質を強化しようというぐらいの慎重さも必要ではないでしょうか。「いのち金には手をつけるな」という格言もあります。借金をしてまで相場を張ればすべての資産を失いかねず、ろくなことはありません。
この他にも「相場の金と凧の糸は出しきるな」や、「資力相応に仕掛けるべし」などの格言があります。資金に限界があることを忘れて相場を張っていると、やがて弾が尽きて市場から退場を迫られます。負ければ負けるほど判断を誤りやすくなりますが、資金が十分にあれば売買にも余裕が出てきます。
あらためて言うまでもないことですが、企業経営においても資金の確保や投資の配分は、企業の存続に関わるものです。無借金経営の企業の場合、自己資金で思い切った設備投資を実行できることが、さらに競争力を高める一因だとも指摘されています。しかし一方で、過大な拡大戦略に走った結果、有利子負債が膨らんで、新しい設備の導入や、店舗の改装資金もままならない企業があります。
成長途上の企業の場合は、成長を加速させるために資金需要が旺盛なのは当然のことです。しかし時には、実力以上の資金需要を発生させているケースも見受けられます。たとえば、売上が急速に伸び始めると、その成長が当分の間続くと見て、一気に拡大戦略に走りやすい傾向もあります。先行投資と称して大量に人員を採用するだけでなく、高い家賃のオフィスへの移転や、豪華な装飾品の購入などにも金を使うようになります。
こうなってしまえば、売上が増えても、人件費などの経費がそれ以上に膨らむため、キャッシュフローは一向に改善しません。結果的に、借入金や社債などの有利子負債が膨らんでいきます。そして、景気減速や競争激化で売上の伸びが止まると、一気に経営が悪化するというのが典型的なパターンです。有利子負債が過大になりすぎてからでは手遅れです。かなり高い確率でツケが回ってきます。
株式市場では、過大な拡大戦略だという懸念があっても、こうした急成長企業の“勢い”を買うため、株価が大幅に上昇することもあります。しかし経営という観点から見れば、売上が伸びていても無理をせず、その間に企業体質を強化しようというぐらいの慎重さも必要ではないでしょうか。「いのち金には手をつけるな」という格言もあります。借金をしてまで相場を張ればすべての資産を失いかねず、ろくなことはありません。
posted by 犬丸正寛 at 12:13
| 相場格言
2005年03月28日
当り屋にはつけ、曲がり屋には向かえ
ここでいう「屋」とは、証券会社が「株屋」といわれていた昭和40年代初め頃までのことを指しています。さらに、当時は、特定の株を買い集めて人気化させる仕手集団が数多くありましたから、仕手集団を指して呼ぶ場合もありましたし、今のようにパソコンのない時代は独特のケイ線で相場を予測していた個人の相場占い師のような人もたくさんいましたから、そういう人を指して「屋」と呼んでいました。
相場予測の難しさは今も昔も同じで、当て続けることは不可能です。昔、相場で大儲けして大阪の中ノ島公会堂を寄付して建てた相場師も最後はピストル自殺しています。有名な仕手集団も兜町、北浜に登場して、一時は華々しく活躍したもののほとんど消えていっています。こうした、時々の相場で活躍する主役の人をウォッチして、ちょうちん買いしようというのが、この当り屋につけという教えです。したがって、ちょうちんをつける人達は、どの銘柄がいいかと、自分で銘柄を選ぶことはしません。「何がいいか」ではなく、買いの中心人物は誰かという「誰が」ということに一番の関心を置いているのです。極論すれば、どんな銘柄でもよく、無配で赤字企業で、場合によれば倒産の心配があるような銘柄でもいいのです。その人の奨めている銘柄が、最近、当っているというだけでいいわけです。
ところが、世の中というものは冷淡です。いったん外れ始めたら、つまり、
「曲がり屋」のレッテルを貼られて、その人が買っているというだけで、逆にカラ売りも含めて売り向かう動きをとるのです。過去の栄光などまったく通用しないのが株の世界です。
だけど、よく考えてみますと、株だけでなく、われわれの身の回りでも似たようなことはかなり起きています。たとえば、社長候補だった役員が、なにかの理由で可能性がなくなると、多くの社員は手の平を返すことまではしなくても冷たくなるものです。現在の実業界では、勝組企業、負組企業として、相場でいえば当り屋、曲がり屋として色分けして、株価には相当の開きが出ています。今をときめく、楽天やライブドアは、もちろん当り屋であることは間違いないが、あの当り屋だったソニーだって今は曲がり屋となっている時代だから、どこまで当り屋であり続けることができるか、関心はつきない。
相場予測の難しさは今も昔も同じで、当て続けることは不可能です。昔、相場で大儲けして大阪の中ノ島公会堂を寄付して建てた相場師も最後はピストル自殺しています。有名な仕手集団も兜町、北浜に登場して、一時は華々しく活躍したもののほとんど消えていっています。こうした、時々の相場で活躍する主役の人をウォッチして、ちょうちん買いしようというのが、この当り屋につけという教えです。したがって、ちょうちんをつける人達は、どの銘柄がいいかと、自分で銘柄を選ぶことはしません。「何がいいか」ではなく、買いの中心人物は誰かという「誰が」ということに一番の関心を置いているのです。極論すれば、どんな銘柄でもよく、無配で赤字企業で、場合によれば倒産の心配があるような銘柄でもいいのです。その人の奨めている銘柄が、最近、当っているというだけでいいわけです。
ところが、世の中というものは冷淡です。いったん外れ始めたら、つまり、
「曲がり屋」のレッテルを貼られて、その人が買っているというだけで、逆にカラ売りも含めて売り向かう動きをとるのです。過去の栄光などまったく通用しないのが株の世界です。
だけど、よく考えてみますと、株だけでなく、われわれの身の回りでも似たようなことはかなり起きています。たとえば、社長候補だった役員が、なにかの理由で可能性がなくなると、多くの社員は手の平を返すことまではしなくても冷たくなるものです。現在の実業界では、勝組企業、負組企業として、相場でいえば当り屋、曲がり屋として色分けして、株価には相当の開きが出ています。今をときめく、楽天やライブドアは、もちろん当り屋であることは間違いないが、あの当り屋だったソニーだって今は曲がり屋となっている時代だから、どこまで当り屋であり続けることができるか、関心はつきない。
posted by 犬丸正寛 at 15:13
| 相場格言
2005年03月10日
商いは買い手がいるうちにやれ
欲を出さないで、買いたいという人がいる間に売りなさいという教えです。商売は売り手と買い手で決まるわけですから、当たり前の話ですがですが、人間には欲がついていますから、現実はなかなか思うようにいかないものです。とくに、精魂込めて作った品などは、思い入れも強いため、もう少し粘れば高く売れるだろうと、つい欲を出しすぎて売り損ねてしまうことになってしまいがちです。
買いたい人がいる間といえば、小さい頃の村祭りの屋台を思い出します。祭りもそろそろ終わりという頃合に一気に売り切ってしまう上手な店もあれば、売れ残してしまう店もありました。子供心に、見事に売り切ってしまう店のおじさんを見て感心したものです。大阪天王寺にある四天王寺のような多くの参拝者が押しかけるところと違って、小さな村祭りではタイミングを失したら売れ残るだけです。
株の世界でも同じです。新日鉄のような発行株数の多い大型株と新興市場銘柄のような発行株数の少ない銘柄では、四天王寺と村祭りくらいの違いはありますが、しかし、発行株数の多い銘柄には取引きする株数も多くなりますので、大型銘柄といえど注文の潮時を間違えると売り損ねて、多くの株を抱え込んでしまいます。こうしてみますと、買い手がいる間とは、多くの人が買いたいと思っている時、ということになります。多くの人が、欲しい、買いたいと思う時は一種独特の雰囲気があって勢いがある時です。こういう時に売りなさいというのですから、よほど己に克つ強い気持ちの持ち主でなくてはいけません。だから、分かりきったことが格言になっているのではないでしょうか。
少し補足して、デジタル的に言えば、仮に、参加者100人の人がいて、90人までが買い込んだら、残るのはわずか10人です。少し値段は安くても、買い手が20人、30人と残っている間に売るほうが楽に売ることができるはずです。
企業経営においては、もっと大きな社会の流れに影響を受けます。バブル期の頃のように、地価上昇に酔って、売るどころか買い込んでしまうところが大半でした。気がついてみたら、買いたいという人はいなくなり、売りたい人ばかりだったことは記憶に新しいところです。企業経営で難しいところは、社会の変化に乗り遅れてはいけないものの、深追いもできないところです。己に克つ経営者がますます求められているのではないでしょうか。
買いたい人がいる間といえば、小さい頃の村祭りの屋台を思い出します。祭りもそろそろ終わりという頃合に一気に売り切ってしまう上手な店もあれば、売れ残してしまう店もありました。子供心に、見事に売り切ってしまう店のおじさんを見て感心したものです。大阪天王寺にある四天王寺のような多くの参拝者が押しかけるところと違って、小さな村祭りではタイミングを失したら売れ残るだけです。
株の世界でも同じです。新日鉄のような発行株数の多い大型株と新興市場銘柄のような発行株数の少ない銘柄では、四天王寺と村祭りくらいの違いはありますが、しかし、発行株数の多い銘柄には取引きする株数も多くなりますので、大型銘柄といえど注文の潮時を間違えると売り損ねて、多くの株を抱え込んでしまいます。こうしてみますと、買い手がいる間とは、多くの人が買いたいと思っている時、ということになります。多くの人が、欲しい、買いたいと思う時は一種独特の雰囲気があって勢いがある時です。こういう時に売りなさいというのですから、よほど己に克つ強い気持ちの持ち主でなくてはいけません。だから、分かりきったことが格言になっているのではないでしょうか。
少し補足して、デジタル的に言えば、仮に、参加者100人の人がいて、90人までが買い込んだら、残るのはわずか10人です。少し値段は安くても、買い手が20人、30人と残っている間に売るほうが楽に売ることができるはずです。
企業経営においては、もっと大きな社会の流れに影響を受けます。バブル期の頃のように、地価上昇に酔って、売るどころか買い込んでしまうところが大半でした。気がついてみたら、買いたいという人はいなくなり、売りたい人ばかりだったことは記憶に新しいところです。企業経営で難しいところは、社会の変化に乗り遅れてはいけないものの、深追いもできないところです。己に克つ経営者がますます求められているのではないでしょうか。
posted by 犬丸正寛 at 12:58
| 相場格言
2005年01月28日
株はもとの古巣に帰る
いっときは人気を集め、大きく値上がりした銘柄も、人気が薄れると居心地のよい以前の値段に帰るので、実力以上に買われている銘柄には浮かれてついて行くのは気をつけなさいという教えです。たとえば、東証1部にルックという銘柄があります。1998年頃から2002年半ば頃まで長い間、100〜200円での動きに推移していました。配当は年3円程度、1株当り株主資本500円程度の内容で、配当利回りからみるとやや株価は割高水準ですが、1株当り株主資本に対し株価が何倍まで買われているかという株価純資産倍率(PBR)は0.4倍と大変低い水準にあり、総合的にみればルックの株価は100〜200円が地相場、つまり寝ぐらであり古巣といえる居心地のよい水準でした。それが、2003年にかけて突如、急騰し一気に2160円の高値をつけました。特定の株に狙いを定めて人気化させる仕手筋が介入したためですが、その当時は無配で株価純資産倍率は4倍を超えるところまで上昇し明らかに株価は割高に買われました。もちろん、[ついた値段は正しい]という相場格言もありますので、形成された値段そのもは認めなくてはいけませんが、実力に比べどうであったかということでは、行き過ぎだったことは間違いありません。結局、その後のルック株は下落の一途で、現在は400円程度まで下がり古巣に帰りつつあります。動物はみな自分の巣や寝る場所をもち、カラスは夕方になるとカアカア鳴いて巣に帰る意思表示さえしています。東京・丸の内が三菱村と呼ばれたり、あるいは玩具の商売をする会社などは浅草あたりが居心地のよいどころであり企業にも古巣と呼ばれるような場所があります。田舎から都会に出てきて活躍している人にとっては都会が古巣になっているでしょうが、やはり、年取ったら生まれ故郷に帰りたいという気持ちはあります。企業、個人も今や世界を舞台に活躍する時代ですが、活躍すればするほど古巣が恋しいものではないでしょうか。古巣は言葉を変えれば、企業、個人にとって得意とする分野という響きもあります。国家も企業も個人も今、得意とする古巣を見詰め直そうとするところに来ているのかもしれません。
posted by 犬丸正寛 at 11:37
| 相場格言
2004年12月24日
顔色の悪い社長の株は買うな
何をやるにも健康でないと、計画を達成することは困難です。格言というより、当たり前で当然の言葉ですが、情報公開時代を迎え、単に企業の数字面だけでなく経営者、とくに最高責任者の人となりまで求められるようになってきました。
かつては、企業の社長たるものが軽々に人前に出るもではないという考えが根強くありました。昔の殿様には家臣といえども簡単には目通りできなかったのと同じです。威厳を優先していたためですが、記者会見でも新社長就任の時や新年の年頭会見、周年記念などのめでたい時でないと社長は出て来なかったものです。IR時代の今日でも、つい最近までは、アナリスト対象の決算発表に社長が顔を出すことを嫌がっていました。アナリストに細かく突っ込まれるのが嫌だったのです。財務出身の社長なら数字に明るく得意でも、営業畑出身の社長にはアナリストの攻撃をかわすのは大変で、取り巻きが恥をかかせてはいけないと遠ざけていたからです。ある関西系の有力企業が東京でのアナリスト説明会に社長が出なかったため株価が大きく下げました。このため、「IRに社長が出ない会社の株は売り」といった新格言さえ登場したほどです。
これまで、個人が経営者と顔を合わせるといえば、せいぜい年1回の株主総会くらいで、それもしゃんしゃん総会で終わっていましたから、じっくり経営者を観察することは困難でした。現在は社長自らがアナリストだけでなく、個人投資家の前でIRセミナーを開催し人生観から経営方針、足元の業績まで幅広く話す機会が増えるようになっています。とくに、個人投資家はアナリストのように数字にウエートを置くのではなく、会社の取り組みや社長の考え、表情、声の調子、顔の色ツヤなど生身の人間としての経営者の姿にポイントを置いて投資判断をします。まさに、社長はIR時代の主人公役を演じる役者といえる存在です。もし、主役の顔色が不健康で悪るく、声に精彩がなかったらお芝居はつまらないものとなってしまいます。ましてや社長が酒焼け顔やゴルフ焼けで異常に黒かったりすると、投資家は大事なお金をその社長に預けることはしません。間接金融時代は銀行関係者と夜な夜な飲み歩いても許されましたが、直接金融時代の今日では個人投資家という多くの観客の前で、顔色、声、表情など主役にふさわしい立ち振る舞いが必要となっているのです。
かつては、企業の社長たるものが軽々に人前に出るもではないという考えが根強くありました。昔の殿様には家臣といえども簡単には目通りできなかったのと同じです。威厳を優先していたためですが、記者会見でも新社長就任の時や新年の年頭会見、周年記念などのめでたい時でないと社長は出て来なかったものです。IR時代の今日でも、つい最近までは、アナリスト対象の決算発表に社長が顔を出すことを嫌がっていました。アナリストに細かく突っ込まれるのが嫌だったのです。財務出身の社長なら数字に明るく得意でも、営業畑出身の社長にはアナリストの攻撃をかわすのは大変で、取り巻きが恥をかかせてはいけないと遠ざけていたからです。ある関西系の有力企業が東京でのアナリスト説明会に社長が出なかったため株価が大きく下げました。このため、「IRに社長が出ない会社の株は売り」といった新格言さえ登場したほどです。
これまで、個人が経営者と顔を合わせるといえば、せいぜい年1回の株主総会くらいで、それもしゃんしゃん総会で終わっていましたから、じっくり経営者を観察することは困難でした。現在は社長自らがアナリストだけでなく、個人投資家の前でIRセミナーを開催し人生観から経営方針、足元の業績まで幅広く話す機会が増えるようになっています。とくに、個人投資家はアナリストのように数字にウエートを置くのではなく、会社の取り組みや社長の考え、表情、声の調子、顔の色ツヤなど生身の人間としての経営者の姿にポイントを置いて投資判断をします。まさに、社長はIR時代の主人公役を演じる役者といえる存在です。もし、主役の顔色が不健康で悪るく、声に精彩がなかったらお芝居はつまらないものとなってしまいます。ましてや社長が酒焼け顔やゴルフ焼けで異常に黒かったりすると、投資家は大事なお金をその社長に預けることはしません。間接金融時代は銀行関係者と夜な夜な飲み歩いても許されましたが、直接金融時代の今日では個人投資家という多くの観客の前で、顔色、声、表情など主役にふさわしい立ち振る舞いが必要となっているのです。
posted by 犬丸正寛 at 11:33
| 相場格言
2004年12月23日
知ったらしまい
「しまい」とは、仕舞うということですから終わりという意味で、関西では、「終わりや」といいます。商売では、今日は、日が暮れたからもう店仕舞いしようよ、というご苦労様の意味合いが込められていますが、相場においては、ねぎらいなどどいうやさしさではなく冷淡なものです。
少したとえがよくないとは思いますが、知ったらしまいは、男女の関係に似ていると思います。気に入った素敵な女性には、われわれ男性は皆、熱心にアプローチします。食事に誘い、誕生日を聞きだしてプレゼントしたり、仕事が残っているのにドライブに誘うなど熱心なものです。もちろん、人間だけではなく動物の雄は同じで、札幌空港の近くに、川を上ってくる鮭を捕獲するインディアン水車と日本一大きい水槽を持ったシャケふるさと館があります。ここでの雄のアプローチはユニークです。当然、体の大きい雄が優位なわけですが、体の小さい雄が身体の模様を変え雌に変身して油断させ雌に接近して思いを達します。いったん、男は親しくなってしまうと、恋愛の時の気持ちはどこかへいって冷たいものです。まさに、知ったらしまいです。
実は、個人投資家が一番間違いやすいのが、このあたりの呼吸を飲み込めないことです。こんなに良い材料が出たのだから上がるはずと思い込んでしまうのです。ところが、男女の恋愛期間と同じで、既に、その好材料が発表となるまでにアツアツ期間があったのです。とくに、最近、ネット取引が活発になってからそうした動きが顕著です。
たとえば、ある企業の7〜9月の第2四半期の決算が発表され、経常利益が前年同期間に比べ40%増益だったとします。普通に考えれば美人にも匹敵する良い数字ですが、前年比較で良かったからといっても株価は反応しません。事前予想に対してどうだったかをみるのです。事前予想と同じ程度だったら利益確定の売りが先行して下げ、まさに知ったらしまいとなってしまうのです。経営者の方々も、好決算発表で評価されると期待しても、反対の動きでがっくりされるのではないでしょうか。
お付き合いして結婚して予想通りなら夫の帰宅はだんだんと遅くなり、意外に料理が上手だったり、付き合っていた頃より優しかったりすると、改めて惚れ直すという男の勝手さが株の世界です。最近は、マスコミなどを上手に使って、事前に期待を煽るような新商品情報を流す企業もありますが、期待ほどでなかったら逆にマイナスとなります。やはり、きっちりとした品質で信頼を得るような、いってみれば知ったらしまいでなく惚れ直してもらえる経営が大切ではないでしょうか。
少したとえがよくないとは思いますが、知ったらしまいは、男女の関係に似ていると思います。気に入った素敵な女性には、われわれ男性は皆、熱心にアプローチします。食事に誘い、誕生日を聞きだしてプレゼントしたり、仕事が残っているのにドライブに誘うなど熱心なものです。もちろん、人間だけではなく動物の雄は同じで、札幌空港の近くに、川を上ってくる鮭を捕獲するインディアン水車と日本一大きい水槽を持ったシャケふるさと館があります。ここでの雄のアプローチはユニークです。当然、体の大きい雄が優位なわけですが、体の小さい雄が身体の模様を変え雌に変身して油断させ雌に接近して思いを達します。いったん、男は親しくなってしまうと、恋愛の時の気持ちはどこかへいって冷たいものです。まさに、知ったらしまいです。
実は、個人投資家が一番間違いやすいのが、このあたりの呼吸を飲み込めないことです。こんなに良い材料が出たのだから上がるはずと思い込んでしまうのです。ところが、男女の恋愛期間と同じで、既に、その好材料が発表となるまでにアツアツ期間があったのです。とくに、最近、ネット取引が活発になってからそうした動きが顕著です。
たとえば、ある企業の7〜9月の第2四半期の決算が発表され、経常利益が前年同期間に比べ40%増益だったとします。普通に考えれば美人にも匹敵する良い数字ですが、前年比較で良かったからといっても株価は反応しません。事前予想に対してどうだったかをみるのです。事前予想と同じ程度だったら利益確定の売りが先行して下げ、まさに知ったらしまいとなってしまうのです。経営者の方々も、好決算発表で評価されると期待しても、反対の動きでがっくりされるのではないでしょうか。
お付き合いして結婚して予想通りなら夫の帰宅はだんだんと遅くなり、意外に料理が上手だったり、付き合っていた頃より優しかったりすると、改めて惚れ直すという男の勝手さが株の世界です。最近は、マスコミなどを上手に使って、事前に期待を煽るような新商品情報を流す企業もありますが、期待ほどでなかったら逆にマイナスとなります。やはり、きっちりとした品質で信頼を得るような、いってみれば知ったらしまいでなく惚れ直してもらえる経営が大切ではないでしょうか。
posted by 犬丸正寛 at 11:41
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2004年12月22日
大回り3年、小回り3月
源氏鶏太さんのサラリーマン小説に、「三日三月三年」がありました。入社して3日目に学生時代と違う職場の空気が嫌になり、3カ月目には上司や同僚など人間関係が嫌になり、3年目には今の仕事が本当に自分に向いているのだろうかと仕事が嫌になり、それらをそれぞれ乗り越えて一人前のサラリーマンに育って行くというストーリーだったと思います。株にも同じように日柄のフシ目があります。
小回り3月は、「人のウワサも75日」から来ていると思われます。昔は土曜日も株式の売買が行われていましたので、1ヶ月の立会い日数は25日の時が多く3ヶ月はちょうど75日になります。興味本位のウワサも75日も経てば新鮮さが消えて話題にならなくなるように、株式に対する材料も好材料だろうと悪材料だろうと色あせてしまい材料としての力がなくなります。したがって、好材料で上げてきた相場、あるいは悪材料で下げてきた相場も3ヶ月経過すれば、ひとまず天井打ち、あるいは底入れするので買いはいったん利食い、カラ売り(株券を借りて売ること)は買い戻すのがいいと教えています。現在でも、信用取引を利用して買った銘柄が3ヶ月経った時点で儲かっていなかったら期日いっぱいの6ヶ月間も粘らないで処分するのがよいといわれ、信用買いのメドとして使われています。
3ヶ月目が信用取引などを利用した比較的短期売買のめどとして使われるのに対し、3年目は中長期での日柄のフシとして使われます。買った銘柄をいつまで持っていようと誰からも文句を言われない現物買いでも、3年も持てば源氏鶏太さんの小説のように「本当に自分に向いてる仕事だろうか」と思うのと同じように、「この銘柄をこの先も持ち続けていいのだろうか」と思うようになります。最初はいいと思って長く持ち続けようと思った銘柄でも、ほかの銘柄が軽やかに動いたりすると目移りするようになってしまうものです。女性投資家より男性の投資家にこの傾向が強いようです。
個別銘柄ではありませんが、全体の相場を表す日経平均においてもバブル崩壊後の安値が92年、95年、98年、01年、03年とほぼ3年サイクルとなっています。このあたりは人の心理状況を映して株価が動いているとしか思えません。
終身雇用制度の崩れた今の状況では新入社員の定着率は極めて悪くなっています。空気が合わないというだけで3日目くらいで辞めてしまうケースもけっこうあるようです。「3日3月3年」を乗り越えて、1つの職場で定年まで働こうという鶏太さんのがんばろう物語ではなくなっています。少子高齢化で生産人口が減少する日本では従業員確保面から「3日3月3年」はキーワードとなってくるのではないでしょうか。また、安定株主の確保面からは3年ごとに株主向けのメリハリの効いたIRイベントなどを実施することも必要だろうと思います。
小回り3月は、「人のウワサも75日」から来ていると思われます。昔は土曜日も株式の売買が行われていましたので、1ヶ月の立会い日数は25日の時が多く3ヶ月はちょうど75日になります。興味本位のウワサも75日も経てば新鮮さが消えて話題にならなくなるように、株式に対する材料も好材料だろうと悪材料だろうと色あせてしまい材料としての力がなくなります。したがって、好材料で上げてきた相場、あるいは悪材料で下げてきた相場も3ヶ月経過すれば、ひとまず天井打ち、あるいは底入れするので買いはいったん利食い、カラ売り(株券を借りて売ること)は買い戻すのがいいと教えています。現在でも、信用取引を利用して買った銘柄が3ヶ月経った時点で儲かっていなかったら期日いっぱいの6ヶ月間も粘らないで処分するのがよいといわれ、信用買いのメドとして使われています。
3ヶ月目が信用取引などを利用した比較的短期売買のめどとして使われるのに対し、3年目は中長期での日柄のフシとして使われます。買った銘柄をいつまで持っていようと誰からも文句を言われない現物買いでも、3年も持てば源氏鶏太さんの小説のように「本当に自分に向いてる仕事だろうか」と思うのと同じように、「この銘柄をこの先も持ち続けていいのだろうか」と思うようになります。最初はいいと思って長く持ち続けようと思った銘柄でも、ほかの銘柄が軽やかに動いたりすると目移りするようになってしまうものです。女性投資家より男性の投資家にこの傾向が強いようです。
個別銘柄ではありませんが、全体の相場を表す日経平均においてもバブル崩壊後の安値が92年、95年、98年、01年、03年とほぼ3年サイクルとなっています。このあたりは人の心理状況を映して株価が動いているとしか思えません。
終身雇用制度の崩れた今の状況では新入社員の定着率は極めて悪くなっています。空気が合わないというだけで3日目くらいで辞めてしまうケースもけっこうあるようです。「3日3月3年」を乗り越えて、1つの職場で定年まで働こうという鶏太さんのがんばろう物語ではなくなっています。少子高齢化で生産人口が減少する日本では従業員確保面から「3日3月3年」はキーワードとなってくるのではないでしょうか。また、安定株主の確保面からは3年ごとに株主向けのメリハリの効いたIRイベントなどを実施することも必要だろうと思います。
posted by 犬丸正寛 at 11:40
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2004年12月21日
素人がプロに勝てるのは時間である
株式市場でプロという時は、主として株式売買益で収入を稼いでいる方々をいいます。年金、投資信託の運用、あるいはディーラーと呼ばれる人達がプロに当ります。現在ではすっかり影をひそめましたが、ひと昔前までは、特定の銘柄を大きな相場に育て上げる、いわゆる仕手集団の長と呼ばれる人が相場のプロとして、一種のあこがれをもってみられていました。こうした相場のプロと呼ばれる人たちに求められるのは、「いつまでに、いくら儲けさせるか、いくら運用益を上げるか」というノルマです。投資信託、年金資金などの運用は期間が1年や数年など差はありますが、ある一定期間に年率5%とか10%の運用成果を上げなくてはいけません。とくに、今、話題のディーラーの中でも歩合ディーラーと呼ばれる人たちは、その日その日にかなりの成果を出さなくてはクビになってしまいます。証券会社の営業体でも、歩合セールスマンはもちろんですが、社員営業でも手数料ノルマがあるということでは株のプロに入るでしょう。。株式市場では年金、投信などの規模の大きい資金を運用する投資家のことを一般的には機関投資家といいますが、期間ノルマがあることから、彼らのことを「期間投資家」といって別の呼び方をしています。当然、こうしたプロの運用者に求められるのは高い報酬の変わりに不成績なら即、クビという厳しい現実が待ち構えていることです。
この点、個人は期間ノルマがありませんので有利です。だからといって儲けなくていいいということではもちろんありませんで、経済や景気、そして銘柄の研究は大切です。とくに、プロに比べ個人投資家は情報量や情報装備ではかなわないのですから、個人の強さである銘柄絞り掘り下げて研究し、買うタイミングもチャートをよく見て腰を据えて取り組み、その上で「儲かるまでは売らない」という気持ちが大切です。どの世界でもそうですが、プロと素人では初めから勝負にならないのですから、プロの厳しい期間ノルマという弱点を知り、時間ノルマのない個人の強さを発揮することが、素人がプロに勝てる唯一の方法ではないでしょうか。
経営者もプロの範疇に入る職業です。毎期ごとに利益をあげて配当しなくては株主から怒られます。しかし、素人の武器である時間の優位性を持ちこむことで長期経営というスタンスを作ることができます。優秀な経営者とはプロであると同時にひとりの大衆という素人の目を持つことができるかどうかということにもなるでしょう。
この点、個人は期間ノルマがありませんので有利です。だからといって儲けなくていいいということではもちろんありませんで、経済や景気、そして銘柄の研究は大切です。とくに、プロに比べ個人投資家は情報量や情報装備ではかなわないのですから、個人の強さである銘柄絞り掘り下げて研究し、買うタイミングもチャートをよく見て腰を据えて取り組み、その上で「儲かるまでは売らない」という気持ちが大切です。どの世界でもそうですが、プロと素人では初めから勝負にならないのですから、プロの厳しい期間ノルマという弱点を知り、時間ノルマのない個人の強さを発揮することが、素人がプロに勝てる唯一の方法ではないでしょうか。
経営者もプロの範疇に入る職業です。毎期ごとに利益をあげて配当しなくては株主から怒られます。しかし、素人の武器である時間の優位性を持ちこむことで長期経営というスタンスを作ることができます。優秀な経営者とはプロであると同時にひとりの大衆という素人の目を持つことができるかどうかということにもなるでしょう。
posted by 犬丸正寛 at 11:40
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2004年12月20日
女の子が生まれたら桐を植えるがごとく株を買え
日本で有数の桐の産地である会津地方では、娘が生まれたら桐を植えるといわれます。木のなかでも桐は10年から15年程度で大きくなり成長が比較的早いため、娘が嫁入りする時に桐で作った箪笥を嫁入り道具に持たせるという親の思いです。桐は材質が均一で変形し難く、精密な作りができるうえ湿気に強いため箪笥には桐がいちばんで今でも高価なものです。株式投資においてもこれくらいのゆったりした気持ちで、子供の将来を思いやることが大切であるというよき時代の教えです。
今日なら、娘さんでなくても息子さんが生まれたら、将来の学資のために株を買うのもいいと思います。桐が成長する15年といえば、子供が高校生になる頃で学費がかかり始めます。金利の高かった以前なら、学資貯金などでよかったのですが、低金利の今は殖やすことはできません。やはり株ということになります。東京証券取引所の調べによる配当金収入と値上がりなどを含めた「株式投資収益率」は1994年から2003年までの過去10年間の平均で約3%です。この間、バブル崩壊後2000年から2002年までは17.5〜24.9%のマイナスとなるなど厳しい環境だったにもかかわらずプラス成果だったことは株の持つ魅力です。
ただ、昭和40年代(1970年代)までの高度成長時代は、どの時点で買っても成果は大きかったのですが、成熟社会の今日では難しくなっているのも事実です。必ずしも長期投資がよいとはいえなくなっているのです。この原因の1つに新製品の寿命が短くなっていることがあります。過去、VTRが登場した頃には、普及率が高まるまで時間がかかったため、関連銘柄の人気が12年程度続きました。現在は、携帯電話の早い普及にみられるように新製品の命は非常に短くなっていますので長期保有はできません。また、極端な例では上場廃止となる西部鉄道を15年前の1989年に8000円で買っていたら現在20分の1に値下がりしています。
右肩上がり経済の終焉、親子の断絶など厳しい環境をを考えると、子供のために桐を植えることより、老後の自分の生活に備えることが大切となっているのではないでしょうか。
今日なら、娘さんでなくても息子さんが生まれたら、将来の学資のために株を買うのもいいと思います。桐が成長する15年といえば、子供が高校生になる頃で学費がかかり始めます。金利の高かった以前なら、学資貯金などでよかったのですが、低金利の今は殖やすことはできません。やはり株ということになります。東京証券取引所の調べによる配当金収入と値上がりなどを含めた「株式投資収益率」は1994年から2003年までの過去10年間の平均で約3%です。この間、バブル崩壊後2000年から2002年までは17.5〜24.9%のマイナスとなるなど厳しい環境だったにもかかわらずプラス成果だったことは株の持つ魅力です。
ただ、昭和40年代(1970年代)までの高度成長時代は、どの時点で買っても成果は大きかったのですが、成熟社会の今日では難しくなっているのも事実です。必ずしも長期投資がよいとはいえなくなっているのです。この原因の1つに新製品の寿命が短くなっていることがあります。過去、VTRが登場した頃には、普及率が高まるまで時間がかかったため、関連銘柄の人気が12年程度続きました。現在は、携帯電話の早い普及にみられるように新製品の命は非常に短くなっていますので長期保有はできません。また、極端な例では上場廃止となる西部鉄道を15年前の1989年に8000円で買っていたら現在20分の1に値下がりしています。
右肩上がり経済の終焉、親子の断絶など厳しい環境をを考えると、子供のために桐を植えることより、老後の自分の生活に備えることが大切となっているのではないでしょうか。
posted by 犬丸正寛 at 11:36
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2004年12月17日
電気が消えるとお化けが出る
戦後の電力事情があまりよくないころは電気がよく消えたもです。このため、ローソクは手放せないものでしたが、ローソクの灯かりに映し出された影がお化けのように恐かったものです。株式市場においても、かつての株式立会い場で電気が消えたりするとお化けが出るくらい淋しくなるということですが、実は、日本を代表する産業に引っ掛けた言葉です。
株式市場において「電気」とは、ずばりソニーや松下電器、シャープなどのエレクトロニクス株のことです。電気が消えるとは、こうしたエレクトロニクス株が天井を打って下げに転じることを指しています。そして、エレクトロニクス株に代わって動くようになるのが、お化け、即ち、「化学株」というわけです。さらに、化学株の中から絞り込みますと医薬品株に行き着ます。日本を代表するリーデイング産業であるエレクトロニクスに匹敵する高付加価値産業はファインケミカル(精密化学)と呼ばれる「医薬品」ということになるのです。したがって、「エレクトロニクス株がだめになると(電気が消える)と、お化けである医薬品株が動く」という教えになっています。これは、現在でも株式投資において相場の流れを見るうえでけっこう役立つ言葉だろうと思います。
要点としては、@エレクトロニクス株が全体相場に与える影響は大きく、特にその中でもソニー株が日経平均(昔は東証修正平均)の動きに大きく作用する、Aしたがって、ソニー株などエレクトロニクス株が下げる(電気が消える)と日経平均も下げるのでエレクトロニクスが天井打ちしたら全体相場に活力がなくなる、Bエレクトロニクス株が天井打ちしたあとの相場では個別物色の相場となるが、とくにその場合、エレクトロニクスは代表的な輸出株であり、その対角線にあるのは内需株であるからエレクトロニクス株がだめになれば内需株が動く、C内需株のなかでもエレクトロニクス株に匹敵するのは医薬品株である、といった見方や活用ができるでしょう。実際、ソニー株は2000年2月に高値3万3250円をつけていますが、代表的な薬品株のひとつである三共は同じ年の1月に2020円の安値をつけています。最近は、ソニー株の低迷と同時に三共株が下値切上げとなっています。
もっとも、かつては輸入100%だった医薬品も最近は輸出比率を徐々に高め輸出産業の色彩を強めつつありますので、今後はエレクトロニクス株と一緒に動くようになる可能性はあります。医薬品に代わって輸出が難しい電力株が注目されるようになり、「電気が消えたら、電力でパワーアップ」といった新しい言葉ができるかもしれません。
株式市場において「電気」とは、ずばりソニーや松下電器、シャープなどのエレクトロニクス株のことです。電気が消えるとは、こうしたエレクトロニクス株が天井を打って下げに転じることを指しています。そして、エレクトロニクス株に代わって動くようになるのが、お化け、即ち、「化学株」というわけです。さらに、化学株の中から絞り込みますと医薬品株に行き着ます。日本を代表するリーデイング産業であるエレクトロニクスに匹敵する高付加価値産業はファインケミカル(精密化学)と呼ばれる「医薬品」ということになるのです。したがって、「エレクトロニクス株がだめになると(電気が消える)と、お化けである医薬品株が動く」という教えになっています。これは、現在でも株式投資において相場の流れを見るうえでけっこう役立つ言葉だろうと思います。
要点としては、@エレクトロニクス株が全体相場に与える影響は大きく、特にその中でもソニー株が日経平均(昔は東証修正平均)の動きに大きく作用する、Aしたがって、ソニー株などエレクトロニクス株が下げる(電気が消える)と日経平均も下げるのでエレクトロニクスが天井打ちしたら全体相場に活力がなくなる、Bエレクトロニクス株が天井打ちしたあとの相場では個別物色の相場となるが、とくにその場合、エレクトロニクスは代表的な輸出株であり、その対角線にあるのは内需株であるからエレクトロニクス株がだめになれば内需株が動く、C内需株のなかでもエレクトロニクス株に匹敵するのは医薬品株である、といった見方や活用ができるでしょう。実際、ソニー株は2000年2月に高値3万3250円をつけていますが、代表的な薬品株のひとつである三共は同じ年の1月に2020円の安値をつけています。最近は、ソニー株の低迷と同時に三共株が下値切上げとなっています。
もっとも、かつては輸入100%だった医薬品も最近は輸出比率を徐々に高め輸出産業の色彩を強めつつありますので、今後はエレクトロニクス株と一緒に動くようになる可能性はあります。医薬品に代わって輸出が難しい電力株が注目されるようになり、「電気が消えたら、電力でパワーアップ」といった新しい言葉ができるかもしれません。
posted by 犬丸正寛 at 11:41
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